マチとの遭遇 九州編

@久留米 

久留米 その3

2021年08月09日 11:13 by wariaito
2021年08月09日 11:13 by wariaito

■ デパートの存在 1 久留米井筒屋

 久留米シティプラザの9番街区、地域一番地の周辺らしく久留米でもっとも地価の高いエリアの向かい側にあり、商店街内にありました。

 オープン当時は地元資本でしたが、他社の子会社となり2009年2月に閉店しました。
 開業は1968年2月、商店街に併設する形での店舗は、商店街と敵対することなく共存共栄していました。

 最盛期は地元久留米だけではなく、遠方の筑後地域から集客できていました。

 閉店セールのキャッチコピーは「筑後の想い出、72年分の感謝」です。72年分となっているのは同店オープン前の前身の地元資本のデパートからの営業をカウントしたためです。

ダイエーもアリ

 その久留米井筒屋のななめ後方には、大型ショッピングセンター「ダイエー六ツ門店」がありました。

 こちらも「ありました」と過去形です。地上6階地下2階の建物は、現在、他社のスーパーやドラッグストア、久留米市図書館の分館が入居する複合商業施設となっています。

【 久留米岩田屋 】

マチとの遭遇 九州編 

久留米/くるめ

20160101現在

制作:ローカライズド(LCD)  

 

■ デパートの存在 2 岩田屋久留米店

 一方、いまだ地元に存在するデパートもあります。1972年に同業の地元福岡に本社を置いていた岩田屋によって営業をはじめます。

 その後、デパートそのものは変わっていきませんが、経営する会社が変わっていきます。

 岩田屋の経営危機によって岩田屋の伊勢丹の救済があり、その伊勢丹が三越と統合し、現在、同店は株式会社福岡三越の一店舗として営業しています。

 地元にはオペラも上演できるホールがオープンも間近というのに、同店の紳士売り場には、オペラパンプスもカマーバンドもまだ準備されていません。

 品揃えに抜かりのないようにしてほしいところです。

 

【 久留米岩田屋 】

■ 農業 2

 農家の高齢化と減少は国家的課題です。県内ナンバー1農業産出額を誇る久留米でも その課題は変わりません。

 他のビジネスと農業を営む農家、自給自足的な農家の双方をあわせた農家は、2000年からの10年間で3割減、販売農家はほぼ「半数減」です(*1)。

2000年:6,824戸
2010年:3,809戸

 高齢化については、明るいきざしがみさしています。

 主に農業に携わる農家(基幹的農業従事者)に占める65歳以下の割合(U-65:65歳以下)は、日本全体では39.0%、同じ福岡県では44.0%となっていますが、久留米市は54.3%となっており、久留米の農業は若い世代も従事しているといえます。

*1 久留米市:久留米市の農業(2010年農業センサス発表)

■ サケ 2 

 酒どころであっても、競争力のなさが久留米の酒の残念なところです。
 久留米の酒の特徴は甘さでした。いわゆる甘口の酒です。全国的な主流は辛口、端麗辛口のフルーティーな日本酒が好まれており、久留米の酒は非主流派になります。

 酒として十分、差別化できているのですが、消費者ニーズにあわないことから競争力を失ったようです。
 甘口が主流だった地元の酒も、現在は辛口がほとんどとなっています。

 酒の好適米といえば山田錦

 このあたりは稲作地帯であっても山田錦の産地ではありません。久留米と同じ県内である糸島市はその山田錦の一大産地であり、久留米の蔵元の多くは同地から購入しています。

 原料は地元産といえない点は、産地のブランド力としては弱いところですが、地元には酒米に特化した精米加工会社があります。
 国内各地で開催される日本酒の品評会で表彰される蔵元の約7割は、同社の精米した酒米を使用しているとのことです。

■ サケ 3 

 城島(じょうじま)地区。久留米のなかでもこのエリアに酒蔵が集中しています。

【 城島エリアの場所 】

 久留米市に合併する前は「城島のサケ」とピンで呼ばれていましたが、合併後は合併した町の蔵元と一緒くたにされて「久留米のサケ」と呼ばれるようになりました。

 それをいやがってか、当地では久留米の酒といわれることを好まない蔵元もあり、飲み会などの集まりでサケがまわってくると

 「久留米じゃなか、城島バイ(意味:久留米ではなく、城島だ)」

 と、注意されることもあります。

 閉鎖的?地元意識の強まり?は、市町村合併で久留米に編入されたこともあるかもしれません。

 合併前は城島町役場、合併後は城島総合支所庁舎となった建物のロビーに置かれている地場産品を紹介するガラスケースには、誇らしげに地元城島の一升瓶が展示されています。

 城島が久留米の酒といわれるようになったのは、2005年の市町村合併からです。
 城島町との合併によって、自治体単位で「日本一」といえるようになった城島からしてみれば、いわせてやっていることになります。

■ マクドナルドで働く

 久留米市内にマクドナルドは6店舗あります。同店ではアルバイトの募集がされており、その仕事内容は同社HPでは

マクドナルド商品の製造・販売など、誰にでも出来る簡単な仕事です。

 と、あります。6店舗のなかでも百年パーク店は

地域ナンバー1ファストフード

 と、紹介しており、同店の時給は730円以上となっています。

 マクドナルドの久留米市内のアルバイトの時給は730円から750円以上と同じ市内でもばらつきがあるようです。 

 ちなみに同社の東京の六本木ヒルズ店のアルバイトの時給は1,000円以上であり、仕事の内容は同じでも場所によって時給は大きく違います。

 それにしても地域ナンバー1ファストフードとは大きくいったものですが、同じ市内にあるライバル店のモスバーガーのアルバイトの時給は800円となっています(*1)。

*1 バイトル九州・沖縄版 20150903更新

 

【 久留米百年パーク店 】

■ 久留米のポジション 5

 町一番の高い建物はお役所の建物でなければならないという不文律があります。

 お上が下々を見下ろすかのように、地方によってはその不文律はまだうっすらと生きています。

 久留米市庁舎の高さは市一番の高さは当然のことながら、市域を超え、筑後地方一帯の「平野一」の高さになります。

久留米市庁舎の高さ:91.3m

 筑後地方一帯の平野は、地理的表現では筑紫平野(読み:つくしへいや)です。その大きさは

九州最大級

 です。さえぎるものがない平野では、その市庁舎は遠くからもよく目立ちます。

  筑紫平野は隣県の佐賀県の市町村にも広がり、久留米市庁舎から直線距離で20キロの離れた佐賀県庁までも含みます。

 "なにかと県内3番手”の久留米市であっても、筑後平野にかぎると他県をまたいでトップです。しかも隣県であるものの県よりも市のヘッドクォーターが、より高い建物となります。

 その座も2010年まででした。

 久留米市役所から直線距離で約500mのところに35階建ての120.6mの高層マンションが同年に建設されたので、役所も見下ろされる立場になりました。

【 久留米市庁舎 】

■ 久留米市のポジション 6

 筑紫平野の地理的重心は久留米市役所のある場所よりもう少し南に下り、経済・ビジネス的基盤の重心は久留米市役所近辺になります。

 筑紫平野内となると、人口、事業所数は佐賀県の県庁所在地の佐賀市よりも多くなり、久留米は平野内では重心地といえます。

 久留米市役所の本庁舎の建設費は156.3億円、土地の取得価額は19.9億円でした。

 高さだけでなく、建設費などのお値段もお高いのですが、土地の評価額は7.5億円と3分の1に"地盤沈下”しています。(*1)。

 ちなみに、本庁舎の設計は地元出身の建築家菊竹清訓氏です。「地元のものは地元の人」でなされます。

*1 久留米市包括監査(平成24年)

■ 農業 3

 農業=稼げないイメージがあります。あわせてきつい、きたないの3K職場でもあります。

 久留米の農業は必ずしも「稼げなくはない」ビジネスといえます。
 農産物販売金額が「なし」をふくめて500万円未満の農家は2,798戸と73.4%を占めるものの、1,000万円以上の農家は545戸あり、3,000万円以上の農家は122戸存在しています。(*1)

*1 久留米市総務部総務課:久留米市の農業(2010年)

豊作

【 久留米市内での豊作 】 

■ 農業 4

 「ル」が9ヶで"くるめ”です。久留米市の市章はカタカナの9つの「ル」が「米」という字を取り囲むようにデザインされています

 制定は1911年(明治44年)、市町村合併もゴムの生産もはじまっていませんでした。
 ダジャレといえばそれまでですが、農業が町の主要ビジネスであった時代ならではのデザインといえます。

 久留米市の耕地面積の85.5%は田んぼであり、総土地面積に占める田んぼの割合は32.7%です(*1)。

日本:耕地面積に占める田んぼの割合   54.3%
日本:総土地面積に占める田んぼの割合  6.5%

 久留米の中心地に田んぼはありませんが、筑後川沿いの筑紫平野の農村地帯には、一面見渡せるほどに田んぼがひろがっています。

 土地の広さは収穫量の多さにつながり、2011年度のコメの収穫量は県内ナンバー1です。(*2)

*1 農林水産省 グラフと統計でみる農林水産業(2012年)
*2 久留米市:くるめの農業2014

■ 平均年齢

 久留米市の誕生は1889年4月です。120年以上の昔の話です。この年の2月に大日本帝国憲法が公布されました。

 2015年1月1日現在で久留米市最高齢の方は109歳ですので、久留米市のほうが先輩になります(*1)。

久留米市民の平均年齢
44.78歳

 "久留米市”は中年どまんなかといえます。日本全体でもこのくらいですので、久留米は町として、とくに年寄りということもありません。もちろん若いというわけでもありません。

 町の活力維持のためには若者です。1979年、旧久留米市は前年より2,460人の人口増となっていますが出ていった人もいます。
 出ていった一人は、その後のアイドル歌手であったかもしれません(*2)。

*1 久留米市総務部総務課(平成27年1月1日現在)
*2 久留米市:住民基本台帳

■ 久留米からの甲子園

 地元の高校、市立久留米商業は甲子園への出場回数は春5回、夏4回と多い高校です。

 最高戦績は準優勝、戦前の第1回大会から出場し、1983年には春夏と連続出場する実力のある学校でした。
 1985年の夏の大会を最後に久留米からの出場はありません。なお、同校以外に地元からは明善高校の出場がありますが戦前の話です。

 地元の高校からの甲子園出場は、マチの若さのバロメーターにもみえ、マチはグランドに出る若者をテレビで見る中年になってしまった感もあります。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

2010年代の焼酎業界 20歳以上の九州人へ。飲みすぎる前に知っておきたい九州の焼酎メーカーのポジション争い。

地域ブランドの罠(九州のケース)

ふるさと納税2020

地域ブランドの罠(九州のケース)

焼酎を高く売るには。3Mのケース。

地域ブランドの罠(九州のケース)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

ARQ:番外編

ローカライズド(LCD)は、いつなんどきでも九州の競争力について考えています。…